FC2ブログ

スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←不夜城2013 →オーストラリア乗馬セラピーワークショップ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【不夜城2013】へ
  • 【オーストラリア乗馬セラピーワークショップ】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

ぴえろプロジェクト

東京オリンピック2020 ~地域の中でのリジリエンス~

 ←不夜城2013 →オーストラリア乗馬セラピーワークショップ
moblog_4c835220.jpg

◆東京オリンピック開催決定
この秋、2020年の東京オリンピック開催決定に日本中で歓喜の声があがった。招致成功の陰には多くの方々の尽力があったことと思うが、中でもIOC総会最終プレゼンテーションでのパラリンピック陸上選手佐藤真海さんのスピーチは世界中の人々の心を打ったことだろう。

大学在学中、チアリーダーとして活躍していた佐藤さんは骨肉腫で右足膝下を失い、その後、走り幅跳びの選手としてパラリンピックに3度出場した。2011年に故郷の気仙沼が被災したときには多くの選手たちと支援活動に尽力された経験から、困難の淵に立たされたときにも、人々がスポーツを通して笑顔を取り戻していく軌跡を見事なスピーチで訴えた。
招致委員会では、震災に関する話題には触れないという方針があったそうだが、それを押し切ってご自身のことばでありのままにお話しされた佐藤さんの意思の強さ、そして様々な困難を乗り越えてきた自信に充ち溢れた本物の笑顔に大きな感銘を受けた。

◆気仙沼の人々
私は2年前、臨床発達心理士の支援活動として、はじめて気仙沼市を訪れた。震災から半年がたっていたとはいえ、津波や火事による被害の甚大さを目の当たりにしたショックは想像以上のものであったが、ふと周囲の山里に目をやると色とりどり鮮やかに彩られた木々の美しさに、一瞬にして心癒されもした。そして、何よりも意外だったのは、被災された地域の方々との出会いが笑顔と笑い声に満ち溢れたものだったということだ。

ボランティアの宿泊先となっていたある民家では、地域の高齢者の方が集まり、地元の手料理で我々をもてなしてくれた。多くの方が御親戚やお仲間を亡くされ、ご自宅も流されてしまい親戚の家に間借りしているなどの厳しい状況を話されるときには、うっすらと涙を浮かべておられたが、昔話に花が咲くと、50年来のお付き合いの経緯や地域のお祭りなどでのご活躍の様子など生き生きとお話しされ、それはそれはにぎやかな一晩となったのだ。新鮮なさんまのお刺身にカツオのお茶漬け、かぼちゃ粥、どれもが忘れられない思い出の味になった。

◆回復力「リジリエンス」とは
佐藤さんや気仙沼でであった高齢者の方々のように、極限の困難の中にあっても、自らの力で回復し、立ち直ろうとする心の強さ、しなやかさを持っている人とはどのような人たちなのだろうか。心理学の世界では、このような困難を乗り越える力「リジリエンス」には次のような4つの要素があるとされている。

    教育や訓練によって獲得した技能や能力・・I can
    親や家族、友人、地域などのコミュニティ・I have
    自己に対する肯定感・・・・・・・・・・・I am
    将来の夢、目標、自己変革・・・・・・・・I will

たしかに、佐藤さんは小さいころから優れた身体能力と学力を持ち、天賦の社会性の高さから多くの仲間や家族に囲まれ、自分に対する肯定感を失わず、大きな困難を乗り越えられたのではないかと思う。そして、パラリンピックへの挑戦やオリンピックの招致などという大きな夢と目標に向かって、ご自身の人生をさらに輝かせている。しかし、それは佐藤さんのような特別な才能や環境によってのみ生まれる力ではなく、地域のつながりというごく当たり前の環境の中にも存在しているのだということを、私は気仙沼の人々とのふれあいの中で知ることができた。

気仙沼の高齢者の方々は、もともとが小学校時代からの幼馴染だったという方もいれば、結婚を機に気仙沼に越してこられ、ご自身のお子さんの学校PTA活動で仲間に出会ったという方も多い。その後も地域のお祭り行事やボランティア活動などで長いお付き合いが続いているという。お子さんが独立し、配偶者にも先立たれ一人暮らしをしている高齢者の方も少なくなく、健康のためにと自主的に集まって始められたハイキングサークルなども、地域の重要なライフラインになっているようであった。
 
付け焼刃の絆ではなく、震災前からの長い年月の積み重ねによる地域のつながりを後ろ盾に、震災という大きな困難をともに乗り越えてこられた被災者の方々のエネルギーには、支援者の立場である私たちの方が圧倒されるほどの強さを感じさせられた。

◆本人の力を大切にする支援
支援をする側と支援される側とは決して一方向でも、上下関係でもない。これは、福祉や教育、医療の現場で働くものとして、常に忘れてはならない視点である。

支援が必要な人たちには、それぞれに自分でできることがたくさんあり、そしてそれを支えてくれる家族や仲間、地域の支援者がいること、そして多くのものを失ったとしても、自分が自分であることに変りはないこと、将来の夢や変化を望む心は誰からも邪魔されるものではないこと、その前提を支援する側のものが尊重し、その力を取り戻せるように励ますことが支援者としての役割である。

◆親子関係のなかで
 それは親子関係でも同じことだろう。生まれたばかりで一人では決して生きていけないだろうと思われる赤ちゃんでさえ、しっかりとした自分の意思をもっている。成長につれ、子どもの意思の芽生えを喜ぶ一方で、大人が思う通りにはなかなか学んでくれないことにいらだちを感じることもあるかもしれない。

 子ども自身の「自分で~できる」「自分はこうありたい」「自分はこうしたい」という気持ちを尊重することはなかなか難しいものだ。親が常にすべて正しく、子どもを正しい方向に導かねばならない、という思い込みを捨て、子どもの目線からは世の中はどう見えているのだろうと、立ち止りながらゆっくりと考えていけるよう、決して焦らず、ゆっくりとお子さんの成長を見守るための鍛錬が大人には必要なのだ。

 その作業は気が遠くなるほどに時間がかかるかもしれない。場合によっては、親の考えもしない方向へと子どもが進んでしまうことすらある。どこまで望んでよいのか、場合によってはその望みは諦めなければならない時がくるかもしれない。親だからこそできないこともあることを親は子育ての中で学ばされる。親子の絆を超えたところに自立の入り口がある。

あちらにぶつかりながらも子どもが進もうとする力を信じて、その後ろ姿を祝福したいと思う。

  • 【不夜城2013】へ
  • 【オーストラリア乗馬セラピーワークショップ】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【不夜城2013】へ
  • 【オーストラリア乗馬セラピーワークショップ】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。