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MY臨床発達心理学

響共感 ~いじめの予防と対応を考える~

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臨床発達心理士会東京支部の総会および研修会が無事に終了した。

午前中の研修テーマは、いじめ研究の第一人者である大阪教育大学の戸田有一先生といじめ体験の当事者である宮川正文先生による「いじめの対応と予防について」。

12月に立命館で開催された「ナラティブと質的研究会」でお二人の対談内容を、ぜひ東京支部の研修会でと、お願いしたところ、「さらにバージョンアップさせましょう」ということで、3月には6時間の打合せを、その後も、100回近いメールのやりとりを通して、本士会の会員のために資料の吟味を行っていただくなど、並ならぬご準備をいただいた。

臨床発達心理士という立場である我々がいじめの加害者となりうる子どもたちの心の発達に関与できるだろうこと、またいじめを受けた子どもたち、それを傍観している子どもたちの心の傷つきに立ち会い、支えることができるだろうことに対して大きく期待してくださってのことだろうと感謝の念に堪えない。


いじめは、近い関係の中での些細な違いを差別化しようとする心理から生まれてくる。

そして、被害者自身は仲間とつながることを求めつづける限り、いじめから逃れられなくなる。

いじめの中心者は、巧みに周囲の子どもの心を読み取り、操作することができる力を持っており、それを変えることは容易ではないという。


「仲間なんだから」という友愛のことばによって被害者の心をつかみ、思うとおりにならないときには暴力的制裁によ被害者を恐怖に陥れる。

被害者はいつの間にか無力化し、暴力を受けずとも加害者の支配下に置かれることになる。

周囲の教師や親に話すことは絶対にできない。
「裏切り者」のレッテルを貼られること、そしてそのあとの制裁への恐怖から生き地獄となってしまうのだ。

加害者が周囲にわからないようにいじめているのではなく、被害者が周囲にわかられないようにいじめられている、という構図が見えてくる。

支配関係ができあがると、加害者は自分がいじめの加害者であるという自覚は消え去る。
被害者は言われるがままに、仲間集団と行動を共にするため、自分が加害者になることもある。
そうなると、さらに仲間への帰属意識は高まり問題は深層化していく。


学校でできることは、いじめの中心者をクラスの中心者にしないことだという。

認知的に冷静に他者を理解し操作する子どもではなく、共感性をもって他者の心を理解する力のある子どもに注目していくことだという。

共感性のある子どもはいじめ中心者に一時的になったとしても、他者の介入があれば自分の行動を振り返り、相手の傷ついた心に共感し、行動を変えることができるだろう。

いじめ集団の仲間の一員である場合には、行き過ぎた仲間の行為を引き留める立場に立てる存在となりうる。

傍観者である場合には、何もできない自分に無力感を感じているかもしれない。

そのような子どもの共感の心に教師が共感することを、戸田先生は「響共感」ということばで説明された。

発達支援の現場で、子どもの共感性を育み、その共感性に響共感すること、我々臨床発達心理士が伝えていくべき大きな宿題を頂いた。

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