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MY臨床発達心理学

認知発達とは

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信州子どもの認知発達を学ぶ会と大北地区発達支援研究会主催の研修会のために長野県北安曇郡池田町に訪れました。

安曇野の田園を越えると、北アルプスの白いキャンパスに大きな虹が鮮やかに描かれていて、とても気持ちが癒されました。また、信州の先生方の熱心な取り組みに心打たれる1日でした。感謝です。

午前中のテーマは「認知発達」という難しい課題でしたが、改めて発達心理学の基本に戻ることができ、また、自分自身の臨床理念を見直すよい機会となりました。


(1)認知とは何か

心理学用語では、知覚、注意、記憶、学習、判断、思考など、脳機能活動全体を認知と定義しますが、
一言で言うと、「知ること」といえます(子安)。
では、何を私たち人間は知ることができるのでしょう。

大きく分けると、「外界を知ること」と「内面を知ること」の両方があるのではないかと思います。

そして、それを知るために、私たちはいくつかのセンサー(感覚)を用います。

たとえば、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などの五感は、見て、聞いて、嗅いで、味わって、触って、危ないと思ったものには近づかないという判断を行います。

また、自分の身体の筋肉や関節の動きなどを感知する固有受容感覚は、物を持つときに丁度良い力加減で安全に扱うことにつながりますし、体の揺れや傾きなどを感知する前庭感覚も転んでけがをしないように適切に体を動かすことにつながります。

そのほかにも、心臓の鼓動や胃の痛み、血流の状態など、自分の体の状態を感知する内臓感覚も自己の体の状態が変調を来たしていないかをどうかを常時チェックしています。自分では平気だと思っていることでも、お腹が胸が苦しくなったり、お腹が痛くなったりすることで、実は強いストレスを感じているのだと気がつくということもよくあることでしょう。

このように我々は様々なセンサーによって外界と内面を捉え、情報を統合することで、危険を避け、自分の身を守り、益を享受しています。つまり「認知」は我々が生存していくための重要な機能であり、経験の中で細かな違いに気付いていくことで「認知」を発達させているといえます。

(2)認知発達のめばえ

新生児の研究では、生まれたばかりの赤ちゃんには生得的にいくつかの認知パターンがプログラムされていることが知られています。

たとえば、生まれてすぐの赤ちゃんは母親の匂いや声に反応し、その方向に顔を向けるなどの行動を示します。

また、目の前に提示された人をじっと見つめたり、あやされるとにこっと頬笑み返しをしたりする行動は養育者に世話をしてもらうために有利となります。

その後、赤ちゃんは家族とのやり取りの中で様々な経験を積み重ね、快をもたらす刺激には接近し、不快をもたらす刺激からは逃避しようとするなど、様々な行動を獲得していきます。

たとえば、生まれたばかりの頃は、玄関の「ピンポン」という呼び鈴にびっくりしていた赤ちゃんが、その後に近づいてあやしてくれる父親とのやりとりを通して、呼び鈴だけで期待して笑うようになったり、父親が部屋に入ってくる方向を見るようになったりします。

一方、父親がもし、赤ちゃんに対してどなったり、暴力をふるったりするなどの不快な刺激を与える場合では、呼び鈴がなるだけでおびえたり、泣いたりといった逃避行動を行うようになるでしょう。

次第に、玄関の呼び鈴と携帯電話の音の区別などができるようにもなったり、「パパかな?」ということばに反応したりするようにもなるでしょう。このような聴覚的弁別能力の発達が言語理解にもつながっていきます。

ゴスワミという発達心理学者は、認知とは環境についての情報を得て、環境に働きかけることであり、そのためには因果関係についての知識獲得が重要であると述べていますが、
快あるいは不快の経験が、刺激を弁別する力、つまり、認知の発達にとって重要であることがわかります。


(3)認知発達を促すには

認知発達を促すにはどのような手立てが有効なのでしょう。

伝統的な学習理論では、獲得させたい行動を子どもが行えば、快刺激(ご褒美)を与え、不適切な行動を行えば無視をするという方法が原則とされています。

もちろん、不快刺激(罰)を与えるという方法は子どもに恐怖心を与えるため、教育方法としては適切ではないということがすでに明らかになっています。

この理論に基づく認知訓練は障害児の療育現場などでも広まりましたが、何か行動をすればご褒美がもらえるという外発的動機づけを利用した方法は、その場での学習は効率的に行えますが、日常生活への般化に時間がかかるという問題が指摘されています。

今日ではできるだけ生活の流れのなかで、獲得させたい行動に対して強化(ご褒美としての注目や褒め言葉など)を与えられるような指導方法へと工夫が重ねられています。


(4)内発的動機づけによる認知発達

一方、子どもは他者からご褒美をもらえなくても、環境に対して自ら働きかけようとする「内発的動機づけ」を持っているのだ、という発達的な見方があります。

たとえば、探索期の子どもは大人が困るほどにあちらこちらの引き出しを開けていたずらをします。
また、色々なものを穴に詰め込もうとして、試行錯誤しているうちに、見ただけで入るかどうかの大きさを弁別することができるようになります。

このように子どもが自由に遊ぶ姿からは、視覚的記憶や弁別能力を自ら発達させている様子が確認できます。

つまり、子どもは褒められたりご褒美をもらったりしたいために認知を発達させるのではなく、自ら環境に働きかける行為そのものに対して強い動機づけを持ち、そのことが結果的に認知を発達させていくという考えです。

私自身は療育実践の中で、常にこの後者の考えを大切にしてきました。

もちろん、課題ができればしっかりと褒めますし、ご褒美を用意することもあります。
しかし、それ以上に、指導の中で用意する教材や遊びそのものが魅力的であることが重要だと考えます。

子どもに魅力的な課題を選ぶには、まず、子どもの認知発達の状態にちょうどあっていること、そして、子どもにとっての親和性や好みに合わせること、この2点がポイントです。

つまり、指導者にとっては、発達を促すための「課題」であり、子どもにとっては、快をもたらす「遊び」であること、NC-プログラムCLMプログラムの「課題あそび」ということばにはそのような思いが込められています。

研修会には特別支援学校の先生方のほか、地域の保育園や幼稚園の先生、療育関係の方々が参加してくださったようです。学校、園、家庭、地域において子どもたちが楽しみながら学べるような環境が用意されること、また子どもの発達にあった関わりの中で健やかな成長が促されますことを願っています。

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明科から長野へ戻るJR篠ノ井線「姨捨駅」では、電車が前後しながら山を上り下りする珍しい場所があり、長野の町の夜景が一望できました。

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