こころざし

2012.05.06 *Sun
息子の野球部父母会の説明会がありました。


まずは、監督からの部訓説明。

「志なき者は去れ。」

へっ?

いきなり、去れって?

強烈な表現に面喰うも、

「中学野球は道徳教育です。いくら野球がうまくても、仲間を大切にしない、自分勝手な行動をとる者は去ってもらいます。」

「挨拶をしない者、仲間をいじめる者、反抗的な態度をとったり、ふてくされたりする者、勉学をおろそかにする者は厳重注意します。」

などなど、次々に厳しい掟の説明が続きます。

日々反抗がヒートアップする息子に、こんな昭和な掟を守らせてくれるなんて、なんとありがたいこと。

ぜひぜひ、我が家でもその掟を守ってほしいと、願っていますが、

とにかく、まずは、野球がやりたい、という「志」がなければはじまりません。



なるほど、「志」とは、思春期の教育・子育てのキーワードかもしれません

子どもたちが憧れたり、夢を持ったりするような社会があってこそ、「志」は生まれてくるのだとすると、大人の責任は重大です。

とくに思春期は、理想の自分の姿と現実の自分の姿とのギャップに戸惑い、自己に対する評価が大きく混乱する時期でもあります。

この時期には、他者との比較によって子どもを評価するのではなく、子ども自身が「何か」に熱中し、取り組もうとする姿を尊重し、慈しむ気持ちが大切なのではないかと思います。

そして、大人自身も他者との比較の中ではなく、自分の人生を地域社会の中で生き生きと過ごし、支えあいながら、ともに生活を楽んでいる姿をみせていくことができるとよいのではないでしょうか。


へりくつはこの辺りで終わりにして、とにかく、子どもの健やかなる成長を祈って、しっかり応援がんばります!
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ゼネラリスト

2012.05.04 *Fri
今月は理事会や総会が立て続けにありますので、その準備で大忙しです。

事業報告や事業計画、決算書に予算書・・・

書類作成に追われ、心理士としてのアイデンティティをもっとも脅かされる季節でもあります。


もともとは、「事務処理には向かない」性格ののために、スペシャリスト(心理士)になったようなものなのに、大丈夫なのか?

と、悶々としながら、毎日パソコンに向かっています。


少しでも事務処理を早くできる方法はないかな、なんて、色々と試しているうちに、知らずとパソコンの技術が向上してしまい、他方からいろいろな事務仕事を頼まれるようになってしまいました。

嗚呼・・、器用貧乏とはこのことか。


いやいや、器用貧乏ではなく、「ゼネラリスト」なのだ、って自分に言い聞かせて、前向きに頑張ることにしよう。


そんなことを、うだうだ考えながら、日本総合的セラピー研究会で2年前から始めたUSTREAM動画配信の再生回数を調べたところ、なんと1年間でのべ1400回もあったことが判明!

会員むけに、研究会の動画を毎回編集して配信しているのですが、当日参加できなくても、後から動画で見てくれている会員がたくさんいたことに、びっくり嬉し涙。

休日返上で回数を数えた甲斐があった〜。


今日ばかりは、心理士のアイデンティティは関係なく、充実した事務日でした。
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真摯

2012.04.27 *Fri
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心理士として心がけていることが一つある。

それはどんなに困難なケースも真摯に受け止めること。

困難であれば、困難であるほどに、相手の気持ちを真摯に受け止めるように、と努力してきた。

と、ここまで書いて、「真摯」って何だと、辞書を引いてみた。

「まじめで熱心に」ということらしい。

へ〜、とここで驚いているくらい、私は随分といい加減だ。

いつも適当でいい加減に生きているから、しっかり修行せよ、ということなんだなと納得。


さて、心理士という職業は、対人職の中でも最も精神的ストレスの大きい職業の一つだろう。

クライエントの深い悲しみや怒り、苦しみに立ちあうときには、自らの体が震えることすらある。

それでも、そこから逃げることはできない。

しっかりと足裏を床につけ、椅子にしっかりと腰かけ直し、背筋を伸ばして、肩の力をゆっくりと抜くようにして、クライエントをみつめる。

「まじめで熱心に」耳を傾ける。

それしかできない。

ことばが上ずり、相手の心に届かないこともある。

それでも、目の前にいるクライエントの叫びを体に響かせながら、静かに自分の呼吸を整えていく。

「相手の身になって」という言葉通りに、クライエントの置かれた立場を想像し、その感覚を自分の体に映し出すよう努める。
頭で理解するのとは違う。体で感じるように。

そうやって、ひとときを過ごすことが私にできる精一杯の仕事である。


心を癒すとか、治療するとか、トレーニングする、などという不遜なことばは、とても使えない。

心理士として何も解決できない自分を責めたり、無力感にさいなまれたりすること自体も思い上がりだ。

ただ、そこにいて、心を映し出すだけ。


よく考えると、やっぱり、いい加減だな、とも思うけれど、私の中ではこれが「真摯」なのだ。



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憧れの職業に就くために

2012.04.24 *Tue
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5月12日(土)に日本総合的セラピー研究会全大会特別シンポジウム「キャリア教育の可能性を考える」が開催されます。

話題提供として、岡山県高松農業高等学校の原先生にお話しいただきます。

テーマは「憧れの動物職につくために」

話題提供者の原敬一先生には農業高校で動物が好きな生徒に動物関連の職場等への職業体験を10年間実施してきた経過と、その後の生徒たちの就労後の状況についてのお話をいただきます。

「動物が好き」という気持ちは「動物に関係する職業につきたい」という気持ちにつながるものなのか、また、憧れの職業につくためには、どのようなサポートが必要なのか。

「職業教育」「キャリア教育」ということばが広く知られるようになったことで、教育の現場はどう変わったのでしょう。受け止める側の社会は?

多くを考えさせられるテーマです。

ぜひ、多くの方とご一緒に討議していきたいと思います。

日本総合的セラピー研究会HP
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美しさの判断

2012.04.19 *Thu
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人が美しいと判断するには2つの要因が影響するといわれています。

ひとつは「不確かなものに対する覚醒の高まり」、

もうひとつは「快楽を求める心」。

人は見慣れたものよりも、不確かさなものを見ると覚醒が高まり、それを快と感じる傾向があるが、
不確かさが増加しすぎると疲労を感じるなどし、快とは感じなくなる。

つまり、複雑さや意外性などが中程度に含まれる環境をもっとも美しいと感じ、
単純でありふれたものや奇抜すぎるものは美しいと感じないということになります。


発達臨床の現場でも、子どもは何度も繰り返される見慣れた課題よりも、新奇な課題に覚醒が高まりますが、新奇で複雑すぎると興奮しすぎて適切に処理できません。

ほどほどに新奇な課題が、子どもの覚醒を中程度に高め、学習効率を上げる、ということとも共通します。


子どもの発達状態を的確にとらえ、少し新奇性のある次のステップの課題を選ぶことが、子どもの覚醒状態を適度に保つ上でも重要であることに気付かされます。

また、子ども一人ひとりの好みに合わせて課題を選ぶことも大切でしょう。
その場合も、覚醒をほどよく維持できるような、中程度の刺激のものを選ぶ必要があります。

発達と好みの絶妙な匙加減による「美しい指導」を常に目指したいものです。
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プロフィール

Author:あずまあつこ
のぞみ発達クリニック所長。日本総合的セラピー研究会事務局。心理だけでなく、言語や作業、理学療法士、音楽療法士、アニマルセラピー、フラワーセラピー、園芸セラピーなどの専門家や施設・企業・行政関係者、当事者や保護者との協働と連携を目指しています。